目次

1.無農薬と無化学肥料表示は農薬ゼロという意味ではない

無農薬と無化学肥料で評価できるのはどちらの農家?
日本人は、「無」という言葉に非常に弱い。無添加、無着色、無漂白、そして無農薬。それぞれの無が意味することを、言葉のイメージだけで勝手に解釈して安心してしまう。

無添加、無着色、無漂白といった添加物に関する表示は、食品自体に添加物が含まれていないことをいう。つまり、「無=含まれていない=ゼロ」となる。

しかし「無着色たらこ」は、着色料は使っていなくても、発色剤を使っていることが多いので無添加ではない。「無漂白モヤシ」も、食品衛生法で生鮮品に漂白剤を使うことが禁止されているので、無漂白は当たり前のことだ。無だからといって、安易に飛びつかないことだ。

一方、無農薬というのは、「農薬が含まれていない」ことを意味しているわけではない。無添加と違って、「無農薬=残留農薬ゼロ」ということではないのだ。

無農薬というのは、農林水産省が特別栽培農産物のガイドラインで定めている農産物の栽培方法でしかない。基準はあっても、強制力もなければ、嘘をついても罰則もない。

誰でも勝手に使える表現なのだ。しかも、無農薬栽培のガイドライン上の定義は、「栽培期間中だけ農薬を使っていない」ということだ。栽培期間前後にどれだけ農薬を使ってもかまわないし、有機栽培のような「隣の畑と何メートル離れていなければいけない」といった細かな規定もない。

誰かが検査や認定をするわけでもない。行政の承認を受けるわけでも、届け出の書類を提出するわけでもない。生産者が無農薬といっているに過ぎないのだ。
無化学肥料も同じガイドラインで定義されているが、無農薬同様「栽培期間中だけ化学肥料を使っていない」ということだ。

「それならどちらも同じではないか。化学肥料より人体に有害な農薬を使っていないほうが安心だ」と思うかもしれない。しかし、この二つの言葉には、農家の取り組み姿勢が如実に反映されている。

農林水産省のガイドラインでは、無農薬であっても、化学肥料の使用の有無も表示することになっている。ガイドラインに準拠しているなら、「無農薬・無化学肥料栽培」か「無農薬・減化学肥料栽培」か「無農薬栽培(化学肥料使用)」のいずれかの表示になる。

しかし無農薬の場合、「無農薬としか表示していない」ことが非常に多い。化学肥料を使用していなければ、必ず「無農薬。無化学肥料」と表示するだろうから、無農薬とだけ表示しているということは、化学肥料が使われていると考えたほうがいい。しかもたっぷり使われている可能性もある。

ガイドラインに準拠するためには、化学肥料の記載が必要なのに、何も表示していない。それでも誰からも非難もされなければ、制約も受けない。問題の多い化学肥料の使用状況を隠し、農薬のことだけ強調するのでは、無農薬自体も信用していいかどうか不安になる。

作物を栽培する場合、農薬は誰もが不必要だと思っているが、化学肥料は逆に、必要不可欠なもので、人体にも影響がないと思っている人もいる。

しかし、過剰な化学肥料の投与は、環境問題(土壌や河川の汚染)だけでなく、人体にも有害だ。家庭菜園でも、一生懸命無農薬で栽培しても、化学肥料を使ったのでは意味がない。あるリンゴ農家の方は「化学肥料の恐ろしさを知ってからず化学肥料を使うのが怖くなった」と有機肥料に全面的に切り替えた。化学肥料を使わないことは、すなわち土壌を肥沃にすることにもつながる。

温暖多湿の日本でリンゴなどの果物を栽培する場合は、害虫がつきやすくどうしても農薬を使わなければならないかもしれないが、化学肥料に頼って促成栽培するよりは、有機肥料でじっくり育てたほうが、おいしくて安全な果物が栽培できるはずだ。

一方、無化学肥料の場合は、農薬についてもほとんどが使用状況を表示している。その多くは「減農薬・無化学肥料栽培」だ。

一気に無農薬へ移行するのは気候的に無理があるにしても、化学肥料を使わないことはすぐにでもできる。単に有機肥料に変えればいいだけだ。有機肥料に変えたからといって、すぐに土壌が肥沃になるわけではないが、無化学肥料こそが、有機農業への出発点であることに間違いはない。「無農薬から有機栽培にいった人はいない」と断言する専門家もいる。

厚生労働省が食品衛生法で定めている「添加物の表示や使用基準」および「残留農薬基準」は、使用量に歯止めをかけるための「安全基準」であり法的強制力もあるが、ガイドラインには強制力がない。

それをいいことに、本来化学肥料の使用の有無も表示しなければならないのに、無農薬とだけ表示して、いかにもガイドラインに準拠しているように見せているのは、ガイドラインを悪用しているとしか考えられない。ましてや有機栽培を目指しているとは到底思えない。

まずは無化学肥料を徹底して、土壌を肥沃にする。そして徐々に、減農薬から無農薬へ移行していく。そうした地道に有機を目指している姿勢が表れている無化学肥料のほうが、無農薬よりかなり安心だといえる。


2.減農薬低農薬では農薬の使用量はどちらが少ない?
農薬が少ないことを意味する言葉もいろいろある。そのなかでも代表的なのが、減農薬と低農薬だ。では、どちらが農薬が少ないのだろう。

「無・低農薬」というキャッチフレーズで、安全や安心をうたう宅配通販会社の広告を見ると、なんだか低農薬のほうが減農薬より農薬が少ないような気がしてしまう。しかし実際は、農林水産省のガイドラインで基準があるのは減農薬のほうだ。

減農薬栽培農産物には、「化学合成農薬の使用回数が、従来の使用回数の5割以下で生産された農産物」という決まりがある。ところが低農薬のほうは、法的にも業界でもなんら基準がないのである。

だが、それでは減農薬のほうがいいかというと、それほど単純な話ではない。半減といっても、従来から農薬を多く使っていた地域が10回を5回にしても、農薬を減らすことに努力していた地域が2回を1回に減らしても、表示上は同じ減農薬になるのだ。

また、いくら回数を少なくしても、一度に使用する農薬の濃度を高めれば、当然残留農薬は多くなる。農林水産省のガイドラインは、あくまで栽培基準であって、農産物に農薬がどのくらい含まれているかという安全基準ではないのだ。

安全基準については、厚生労働省が食品衛生法の残留農薬基準で、個々の農作物に対して、どの農薬がどのくらいの量以上含まれてはいけないかということを具体的に定めている。絶対値が決められているので、これほど公正な基準はない。

どんなに多く農薬を使おうが、無農薬や減農薬だろうと、さらには有機栽培であっても、この残留基準を上回った農作物は販売できないことになっているのだ。

農林水産省でも、わかりづらくて、地域によっては削減される絶対量が違ってくるという矛盾だらけのガイドラインを見直すことにしたが、削減割合にこだわっている限りは、公正な基準などできはしない。

有機農産物のように、2年間以上一切使用しないというようなわかりやすい基準ならまだしも、各種条件ばかりを並べるような減農薬では、消費者の不安は払拭できないだろう。

実は、農林水産省のガイドラインにも良いところがある。ガイドラインでは、栽培方法だけでなく、セット表示もすることになっているのだ。セット表示では、農薬の種類、用途、回数を表示しなければならない。

ところがここに、重大な欠陥がある。そんな表示のある農産物を見ることは、ほとんどないのである。
この実態を見て、改善指導はできないのかを農林水産省に問い合わせてみたが、「ガイドラインは強制力がないので、何もいうことはできない」という回答だった。

実際の「減農薬」と表示のある多くの農産物には、セット表示がないにもかかわらず、「農林水産省のガイドラインによる表示」と堂々と印刷している。

これでは、まさに「いいとこ取り」ではないか。いくら強制力がないからといって、ガイドラインの表示としては不十分なのに、農林水産省が認めているという印象を与える表示が許されているのは大きな問題だ。消費者をだましていることにはならないのだろうか。

そもそも、「農林水産省のガイドラインによる表示」としながらセット表示をしていないのは、農薬の種類や回数を隠したいからだ。もしも使用回数が2回から1回に減ったのなら、堂々と表示するだろう。

従来から農薬の使用が少ないうえにたった1回しか使用していないのだから、有機栽培の難しい日本の現状からすれば、かなり努力していることになる。しかし、3回も4回も使用していれば、「減農薬といってもそんなに農薬を使っているのか」と思われ、マイナスイメージになってしまう。そんな表示はしたくないから、表示を怠るのだ。

農林水産省には、ガイドラインの見直しを検討するより、セット表示を徹底させるほうが、消費者にとっては大切な情報公開になるということをいっておきたい。

ところで低農薬のほうは、減農薬の基準(使用回数を半減以上)すら満たしていないから、低農薬と表示せざるをえないのだろう。使用状況を隠し、低農薬という言葉のイメージだけで販売しているのだ。基準もないのだから、農薬を少なくしている保証などどこにもない。

有機栽培の流通量が少ない現状を考えれば、どうしても次に安心できる農産物は何かということになる。もちろん無化学肥料を前提として、 一番安心できるのはセット表示のある減農薬栽培だ。次に安心なのは、基準のある表現を使っているセット表示のない減農薬栽培。どんな意味かまったくわからない低農薬(ほかにも「省農薬」といった表現もある)は、大いに不安だ。




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