目次

生鮮食料品と「中央卸売市場」
1.生鮮食料品と卸売流通
食品の「流通」の仕組みは、けっこう複雑なものがある。というのも、第1に、食品の種類が多種多様で、 しかもその性格がそれぞれに異なっているからである。食品の種類が多種多様だということは、その生産形態も多様であり、したがって生産からつながれる流通の分野も多様な形態が想定されるからである。第2は、前節でも述べたように食品の消費形態が多様化しているので、それに対応した流通も多様な形態をとることになるからである。

実際、あらゆる場面を想定しての食品流通を描こうとすれば際限のないものとなろう。したがって、ここでは食品群をある程度の共通項でくくって、流通のいわば大動脈と思われるところから、典型的なパターンを提示するものを紹介していくこととする。

食品は、まず大きく生鮮食料品とそれ以外とに区分することが必要であろう。というのも、わが国の食生活では、「内食」でも「外食」でも食材を生鮮食料品に依存する割合が高く、かつその構成上も、必須とされているからである。たとえば、「内食」の全体像を知る最良の資料である「家計調査」によると、「外食」支出を除いて、食料支出に占める「生鮮魚介」、「生鮮肉」、「生鮮野菜」、「生鮮果物」の購入金額割合は、約3割ほどである。ちなみに、これらの品目群を総称して生鮮三品(魚介類、肉類、青果類)という。

また、これら生鮮食料品の「流通」は、その中間に卸売市場という特別の制度が介在していることで、他の食品「流通」と区別されるからである。
以下では、まずこの「卸売市場」の独特の仕組みを紹介して、次に食品「流通」を念頭においた「中間流通」について、概述していく。


2.中央卸売市場制度の整備
生鮮食料品、とくに「魚介類」と「青果類」については、「卸売市場」を経由するものが過半である。近年、「卸売市場」を経由しない「魚介類」および「青果類」も漸増傾向にあることが指摘されているが、そうだとしても「卸売市場」において決められている価格が、当該食品のあらゆる取引価格の水準価格として機能しており、その影響力は絶大である。
その意味では、「食肉」類についても、「卸売市場」経由率はさほど多くないが、その機能は同様である。

これら生鮮食料品を専門的に取り扱う制度としての「卸売市場」の機構は、20世紀後半にわが国で整備が進んだものである。

生鮮食料品は、 もともと家族経営が主体の農家によって生産され、他方で、消費者への生鮮食料品の最終的な配荷機構は、やはり家族経営が主体の専門小売店によって担われるという構図が支配的であった。つまり、20世紀後半の初めごろにおいては、片方に膨大数の小規模生産者が全国に分散して存在していて、他方で、これまた膨大数の小規模小売業者が全国で増店を続けるという状況があった。

ところが、高度経済成長が始まると大都市部への人口の移動と集中現象がはなはだしくなり、生鮮食料品の大都市部への供給が追いつかなくなる様相を呈した。また、人々の所得の向上も大きく人口の増加と相まって、生鮮食料品をはじめ消費財への需要を急速に膨らませた。

その結果、需要増加に対して供給追加が間に合わずに推移して、諸物価の高騰を招くところとなり、インフレーションが長期にわたり進行して、時の経済問題の中心となった。生鮮食料品の値上がりもはなはだしく、都市部における生鮮食料品の価格高騰はそうしたインフレ経済のいわばシンボルともなった。このようにして、生鮮食料品の円滑な「流通」すなわち産地から都市部需要地への流入を促進するために、1971(昭和46)年に卸売市場法が制定されて、全国に生鮮食料品「流通」のための「中央卸売市場」などの拠点が整備されていくようになった。

結果として、「中央卸売市場」はよく機能して、生鮮食料品の全国「流通」が進んだ。「卸売市場」の整備は、大都市の拠点としての中央卸売市場とそれ以外の地方卸売市場とに制度的には区分されるが、基本的には生鮮食料品は、これらの「卸売市場」という「流通」機構に支えられることで、各地の小売店に比較的円滑に供給されるようになったのである。

では、そうした機能を首尾よく果たした「中央卸売市場」とはどのような制度であるのか、説明しておこう(「地方卸売市場」は、「中央卸売市場」の機能に準じたものとして理解されたい)

中央卸売市場制度の仕組み 中央卸売市場にはさまざまなプレーヤーがいる。
全国の産地から生鮮食料品の集荷を担うのは卸売業者である。「卸売業者」は、「荷受」とも呼ばれる。「卸売業者」は、産地から出荷されてくる荷を引き受けて、これをセリまたは入札(オークション)にかけて販売する。セリ・入札によらずに、相対取引により販売する場合もある。「卸売業者」は、販売価格の一定歩率を収入とする。

「卸売業者」がセリ・入札または相対により販売する荷を購入するのは、仲卸業者と売買参加者である。「仲卸業者」と「売買参加者」は、荷の売り手である「卸売業者」から荷を買う買い手として、セリ取引など市場内の取引に参加できる権利〔「売買参加権」(略して、買参権という)〕をもつ。「仲卸業者」は、卸売市場内に店舗を有して、「卸売業者」から購入した物品を仕分けして、買出しにきた小売店などに販売する。「売買参加者」は、大国の小売店や業務用実需者(加工業者、給食事業者)である(「仲卸業者」、「売買参加者」とも、市場開設者の許可または認可が必要である)。

「買参権」をもたない街の青果小売店など規模がさほど大きくない小売店は、「中央卸売市場」内の「仲卸」業者の店舗を回遊して相対で個別に自分の店舗用の生鮮食料品を買いそろえるのである。彼らは卸売市場内では、買出人と呼ばれる(「地方卸売市場」では、小規模小売店もセリに参加する「買参人」であることが一般的である)。

「中央卸売市場」の制度で最も特徴的なことは、通常の「中間流通」の担い手である「卸売」業者の機能が、それぞれ別々の二手の人格に分けられて配置されているということである。制度に縛られない普通の「流通」事業者としての「卸売」業者ならば、商品を生産者から買い求めて、これを小分けするなどして小売業者などに販売して、その売買差額を自己の利得とするというビジネスモデルとなる。

これに対して、「中央卸売市場」における「卸売」業者の機能は、荷受(「卸売業者」)と称される「卸売」業者と、仲卸と称される「卸売」業者がいて、それぞれ別々の機能を分担するという約束事(制度的な決め事)になっている。

「荷受」は、農家などから出荷されてくる生鮮食料品の販売代行機能に徹するのである。農家など出荷者は、「荷受」に対して販売委託をするということである。他方、「仲卸」は、直接に農家から生鮮食料品を仕入れることをしないで、必ず「荷受」が用意するセリ場などにおいて、仕入れるのである。

この場合、「荷受」(農家の販売代行者)は少数で、「仲卸」(購買希望者)は多数である。こうした少数者の売り手と多数者の買い手をそろえて、セリ・入札などにて、価格を決めるのである。セリの場合では、通常セリ上げ方式で行われ、すなわち低い値段から始めて、より高い値段を提示した「仲卸」が、当該生鮮食料品を購入するのである。「荷受」は、この際にセリ落された商品金額から、一定料率の手数料を受け取る(利得とする)のである(通例の「卸売」事業者が、売買差益を利得とすることに対して、異なるビジネスモデルである)。

これらの仕組みは、従前からある仕組みを引き継いだものだとはいえ、改めて農家などが生鮮食料品を「中央卸売市場」に出荷しやすくするための制度的な保護を法律によって保障したものである。

この目的のために、さらにいくつもの補完制度がある。「中央卸売市場」にもち込まれた物品は、すべてその日のうちにセリなどにて、売りさばかれなければならない。翌日にもち越してはならないのである。また、代金回収も、「荷受」がいち早く出荷者に支払わなければならない(翌日払いが原則である)。

さらには、出荷者が「荷受」に指値を指示することもできる。「指値」とは、あらかじめ販売する際の最低価格を指示しておくことである。

こうした仕組みを農家からみれば、とにかく収穫した生鮮食料品を「中央卸売市場」にもち込みさえすれば、確実に販売されて、販売代金が入手しえるのである。こうしたことで、生鮮食料品は「中央卸売市場」をめざすという「流通」が、支配的となったのである。また、商品の売り手側を「荷受」として、販売委託に業務限定することで、生鮮食料品のいわゆる買占めの起こる余地を排している。したがって、「中央卸売市場」に支えられた流通は、青果物など生鮮食料品の需要が供給に対して強含みであったという条件下ではたいへん優れた仕組みであることが理解される。

なお、「中央卸売市場」で単に「卸売業者」といえば「荷受」のことを指す。
また、「卸売業者」が、セリなどの取引に供する荷は、農家や出荷団体の意図で出荷されてくる委託荷だけであるとは限らない。販売(転売)する目的で買い取って集荷する「買付け荷」もある。

中央卸売市場における取引の最近の傾向としては、①セリ・入札による取引に対して、相対取引の割合が増加していることと、②生産者・出荷者からの委託荷に対して、「卸売業者(荷受)」による買付け荷が増えていること、が指摘できる。これらの傾向は、 とくに21世紀になって激しい。たとえば、1990年代の初めでは、「中央卸売市場」のセリまたは入札取引の割合は、「青果」も「鮮魚」も金額ベースで6割以上であったが、これが2010(平成22)年度では、「青果」17.1%、「鮮魚」32.4%へと激減しているのである。

また、委託集荷の割合は、1990年代の初めで「青果」は8割ほど、「鮮魚」で7割ほどであったが、2010(平成22)年度ではそれぞれ65.4%、403%に減少しているという状況である

中央卸売市場の今後 以上のように、生鮮食料品の流通においては、「卸売市場」がその拠点として、有効に機能しているということができる。

その要点をまとめると、
①全国から消費地に生鮮食料品を効率的に集荷する制度として機能しているということと(生鮮食料品の集荷分荷機能)、
② 「卸売業者」(=「荷受」)を出荷者の販売代行機能に限定し、需要者全体(=「仲卸」など買参人)をセリに参加させることで、総需要と総供給とを効果的に出会わせ、価格形成をして、価格による調整を実現していること(生鮮食料品の価格形成機能)である。

ところが、20世紀の終盤ごろから「卸売市場」の地盤沈下がささやかれ始めた。そもそも、「中央卸売市場」も、社会制度である以上、その期待される機能が最も効果的に実現されるためには、関係する社会諸制度がそのようなものとして存在して機能していなければならない。その意味では、「中央卸売市場」は、次の3つの条件が満たされたところで、万全の機能が発揮できるものであるといえよう。

第1に、一方には家族経営であるがゆえに小規模な膨大数の畑作・畜産農家、漁家が、生鮮食料品の生産者・供給者として存在しており、他方でこれまた家族経営であるがゆえに小規模な膨大数の生鮮食料品小売店が存在しているということ、この条件は、実際に1970年代までは、よくあてはまった。

第2に、生鮮食料品の供給者が、主に国内の生産者に担われていて、海外からの生鮮食料品の輸入供給は、 きわめて限定的であること。この条件も、1980年代(昭和の終わりごろ)まではよくあてはまった。
第3に、大都市部を中心に、生鮮食料品の需要が強含みで推移していること。この条件も、1980年代半ばまではよくあてはまった。しかしながら、20世紀の終盤ごろから、これらの3条件が、それぞれに満たされなくなってきていることが、だれの目にも明らかとなっているのである。

第1の点では、一方でまず畑作産地形成の大型化が進行した。確かに個々の生産農家の規模は大規模化したわけではないが、出荷団体としてまとまって行動をとることで、特定産地の動向が、「卸売市場」への影響力を強めるという事態となった。

水産物については、冷凍技術と蓄養技術の発展は、漁獲の自然条件への依存度を減じて、供給者が市場への出荷をコントロールできるようになった。畜産品の規格流通化は、既述のとおりである。他方で、1980年代以降になると、生鮮食料品を消費者に販売する小売店のシェアが、それまでの小規模な専門生鮮食料品店から大型のスーパーマーケットヘと、大幅に移行するようになった。スーパーマーケットは、またチェーンストアとして、店舗数を増大させて、統一的な仕入れ政策をとることで、需要者として「卸売市場」への影響力を強めた。

第2の点では、1980年代半ばから始まる為替レートの円高への移行を起点として、海外からの農畜水産物をはじめとして食料品の輸入が急増し始めたことがあげられる。また、ここから海外投資を伴う開発輸入*18も進んで食料品の輸入は拡大を続けている。

これらの輸入品は、一部は「卸売市場」の場内で「荷受」によって扱われるものもあるが、直接に「仲卸業者」やスーパーマーケット、外食産業などの実需者に販売されるものも多い。また、「卸売市場」にもち込まれるものでも、セリにかけられる物は少なく、相対販売や定価販売での取引が常套である。

総じて、「卸売市場」の経由率を低くする要因となる。これらは、食料品の小売価格を低位に誘導するところとなる。そうすると、中間流通が多段階となるように仕組まれている「卸売市場」システムは、段階ごとに流通マージン(手数料)がかさむので、供給者、需要者双方から敬遠される要因となる。
以上の事態は、21世紀になるとさらに進行している。

生鮮食料品の小売「流通」におけるスーパーマーケットチェーンのシェアはいっそう大きくなり、海外からの食料品の輸入は、わが国の農畜水産業の生産力の萎縮もあって、さらに増大を続ける傾向にある。また、高齢人口の増加と総人口の減少とは、食料品の国内需要そのものを縮小傾向に導いていて、食料品価格が上がりにくい傾向を後押ししている。

このように、近年における生鮮食料品流通における「卸売市場」の役割は、なお大きなものがあるとはいえ、20世紀後半における役割と比較すると、昨今では相対的に漸減を続けているとみられるのである。

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